ロジクエスト株式会社 講演 メディア掲載

物流ニッポン 2019年3月8日掲載
「人財」育成の現場から ㊤

 夢破れ出会いあり ~ 物流と歩んで20余年 ~
 ロジクエスト 社長 清水一成


現在、コンサルタントとして、運送・物流現場での品質改善や効率改善、「人財」育成を専門に活動しています。運送・物流事業の人財育成などを現場に入り込んで、またはセミナーを通して、延べ600社、6000人以上の企業の皆さんと一緒に泣き笑いしながらやってきました。

私は、1973年に生まれました。オイルショックで景気的が厳しく、日本経済がじわじわと後退に突き進み始めていた年に、岩手県で産声を上げました。団塊ジュニア世代と呼ばれ、日本でも最後の「子供の多い年」に生まれたため、学校の試験などで何度も競争にさらされました。公立の小・中学校、高校と進学し、それまでは順調でしたが、大学受験に失敗して、浪人生となりました。当時は「2浪、3浪朝飯前」なんて言われ、当たり前の時代でした。

全国から浪人生の集まる予備校に通い、どこの大学も倍率が20倍、30倍は当たり前でしたが、何とか滑り込みで合格し、入学した記憶があります。しかし、それだけでは競争は終わりませんでした。就活で20社、30社と受けても受からず、公務員試験も全滅。大学卒業と同時に就職浪人ということになりました。当時、「ニート」という言葉はなかったのですが、レールから大きく脱線した瞬間でした。

「公務員試験に向けて1年だけ勉強する」と両親と約束し、新幹線への荷物の積み込みのアルバイトをしながら受験しましたが、秋の市役所の試験を含め、全部の試験に落っこちてしまい、途方に暮れました。でも、就職しないとやっていけないということで、コンビニエンスストアで就職情報誌を1冊買って、働き口を探すことにしました。

まだパソコンが普及していない時代だったので、応募用紙も履歴書も手書きとアナログでした。そして、何とかホームセンターチェーンのケーヨーに拾ってもらいました。翌年の4月から2浪扱いでいいからと、新入社員研修に放り込まれたのが私の社会人生のスタートでした。

1歳下の仲間との仕事のスタートでした。就職浪人した仲間は公務員試験に合格して、かたや大蔵省(現財務省)職員、私はホームセンター社員という、夢破れた人生のスタートになったのです。

しかし、この人生の挫折が、運送・物流事業の仕事との出会いにつながったのです。正直なところ、物流なんて言葉も知りませんし、やりたいと思ったことも無かったのですが、「仕事はご縁」と言うように、不思議なものだなと思います。

当時、ケーヨーでは、ペガサスクラブという、ダイエー、イトーヨーカ堂、ジャスコ(現イオン)などが集まり、チェーンストア理論を学ぶ会に入会していました。そのため新入社員は、流通業界では知らない人のいない、故渥美俊一先生の書籍を毎月読んでレポート提出するなど、相当の時間をかけて勉強させられました。正直、チェーンストア理論なんてよくわからないのに、毎月試験を受け、流通や物流の知識を叩き込まれました。

毎月、「何でこんなに勉強しなきゃならないんだ」とも思いました。しかし『仕入れと調達』をはじめ、『商品構成』『店舗レイアウト』『ストアコンパリゾン(店舗見学のコツ)』『チェーンストアの経営の原則と展望』など、渥美先生の書籍で流通や物流の基礎をみっちりと、店舗での実務と併せて学べたのが、今の仕事につながっています。

その後、筑波メディカルセンター、アスクル、医療系コンサルティング会社、物流系コンサルティング会社と職場を転々として、今に至ります。

振り返ると、全ての転職先で、物流に関わる仕事をしていました。ホームセンターではペット用品、日用品、家電、カー用品、園芸用品、インテリアを、筑波メディカルセンターとアスクルでは、医薬品の在庫管理、保管、出荷し、保管したり、出荷などを経験しました。「モノを動かすこと自体が物流」と考えると、扱う商品は違えど20年以上も物流現場で仕事をしてきたことになります。

こんな、失敗ばかりの私が、人財の定着について語るのはおこがましいところがありますが、人となりを知っていただいた上で、私が運送・物流現場の人財育成と定着のためにこの10年間、実際にやってきたことをお話ししていきます。

 
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