概要 |
1.徹底した温度管理によって 保管・運搬するコールドチェーンとは? コールドチェーンを端的に説明すると、温度管理が必要な商材を高い品質を保った状態で安全にきちんと管理しながら消費者まで届ける、一連の設備及び物流システムのことです。例えば、温度変化に敏感な生鮮品は鮮度を保ったまま産地からお客様のもとまで運ぶことが求められ、こういった場面ではコールドチェーンが効果的に使われています。こうしたコールドチェーンは近年、国境を越えてニーズの高まりを見せており、物流業界の中でも注目されつつあります。 その一端を示す事例として、日本のカニやモモ、リンゴといった生鮮品がコールドチェーンの構築によって世界的な人気商材となっていることが挙げられます。特に、近代化の進むアジア各国では、富裕層を中心に安全な日本の食品をより鮮度の保たれた状態で食べたいというニーズが顕在化しており、アジアでの日本の食品の消費量が激増しているのです。その対応の一環として、日本の企業もミャンマーに冷凍・冷蔵倉庫を建設するなど、海外での物流拠点を新たに作る動きが活発化しています。高品質で人気の高い日本の冷凍食品の需要が世界各国で伸びる背景もあり、海外でのコールドチェーンの必要性は日に日に高まっています。 例えばホウレンソウは、すぐに傷んでしまうことから輸送には向かない軟弱野菜と言われていますが、アジアでの日本食ブームの影響からタイ、シンガポールや香港などでは人気を誇っています。こうした人気の食材は「鮮度」という付加価値を得ることにより高価格で取引されるため、特殊なコンテナや保冷技術で鮮度を保ったまま輸出するコールドチェーンの技術が確立されてきています。鮮度という付加価値とともに、日本の生鮮品は海外市場で改めて評価を得ています。 日本国内に目を向けると、近年は女性の社会進出を背景に、できあいのモノを購入してくる、いわゆる中食のニーズが増えており、スーパーマーケットやデパ地下、コンビニなどで販売されている調理済みの惣菜や冷凍食品は増加傾向にあります。最近ではレストランチェーンやドラッグストアでも宅配による中食への参入が増加しており、これらニーズの高まりから、多機能な冷凍・冷蔵設備を整えた倉庫が足りないという状況になっているわけです。また、高齢化の進む日本では、温度管理が不可欠な医薬品や医療材料のサプライチェーンの確立・合理化も急務となってきます。このような背景もあり、国内でもコールドチェーンに今まで以上に注目が集まることは間違いありません。 2.今、考えておかなければならないコールドチェーン進展への数々の課題 ニーズの高まりを受けて規模の拡大を図っていきたいコールドチェーンですが、その実現には課題が山積していることも事実です。代表的な例で言えばコストの問題が挙げられます。冷凍・冷蔵倉庫を建てるためには、一般的な倉庫を建てる2~3倍のコストがかかると言われています。冷却システムや断熱材といった設備投資のイニシャルコストだけでなく、長期にわたるメンテナンス費などのランニングコストも必要です。その一方で冷凍・冷蔵倉庫では、万が一温度管理を失敗してしまっては商品価値にダメージを与えてしまうためリスクも高い。こうしたレベルの高い温度管理には商品知識とそれに合った保管知識を有する専門的なスタッフが欠かせません。このように一般の倉庫と比較してリスク、人件費なども高いため、冷凍・冷蔵庫への投資はハードルがかなり高いのです。 また、フロンの排出規制も大きな課題でしょう。環境問題が叫ばれ温暖化対策に向けた動きが活発に進む中で、冷凍・冷蔵倉庫に冷媒として使用されていた安価なフロンガスは、環境問題を考慮し法令で規制がかけられました。代替フロンやアンモニアを使用する方法もありますが、これらにはこれまで以上にコストが必要です。こうした設備などにかかるコストの高さから、冷凍・冷蔵倉庫の運営は、「装置産業」とも呼ばれています。これは、コストを回収するのに時間がかかるという問題点を的確に表現していると言えるでしょう。 こうした温度管理にコストをかけた倉庫に、物流の機能を持たせるためには、温度管理機能を持ったトラックの台数確保に加えて、商品ごとの特性に合わせた管理体制をとるノウハウも必要です。保管する食品によって、保管温度や期間、方法は大きく異なります。例えば肉ひとつとっても、牛肉か豚肉か鶏肉か、それぞれの部位やブロックかひき肉かなどで温度管理が全く異なるのです。また、急速凍結や、細胞を破壊せず鮮度を保ったまま冷凍するプロトン冷凍といった技術を使うにも、専門性の高さが必要です。こういったノウハウの必要性も、コールドチェーンを新規で始めることが難しい要因となっています。 こうした参入障壁の高さから、低温物流の事業者は大手企業の寡占化が進む傾向にありますが、地方に目を向けてみると、地元の食品卸会社などで、小規模な冷凍・冷蔵倉庫を自前で構えている業者が多くなります。これは、卵や豆腐、牛乳といった日配品の需要が高く、毎日のように消費地への配送が必要となる日本のライフスタイルのために、地域ごとに小規模な冷凍・冷蔵倉庫が必要とされているからです。日本の低温物流では、冷凍・冷蔵庫や冷凍・冷蔵車といった一つひとつの設備・機能は素晴らしいのですが、コールドチェーンとして考えた時に、設備や組織や体制がまだまだ不足しているのが実情だと言えます。 細かい問題では働き手の減少もあります。寒い中での作業になるため、なかなか働き手が確保できない中小企業も多くあります。 これらの課題を解消していくことが、高まるニーズに応えるうえでは必要となるでしょう。 3.ニーズが高まるコールドチェーンでマルチテナント型物流施設が活きる可能性は? 日本では高機能でフレキシビリティの高い物流拠点を構築できる、マルチテナント型物流施設が各地に設置されています。まさに、市場で求められるサプライチェーン構築にマッチした物流施設なわけですが、高度な温度管理を必要とするコールドチェーンとマルチテナント型物流施設の融合には、現状ではまだまだ多くの課題が存在すると言わざるを得ません。マルチテナント型物流施設のBCP能力や、スペースの大きさ、フレキシブル性などのポテンシャルの高さは魅力ではありますが、コールドチェーンでは、保管する商材によって倉庫の作りが全く変わってしまい、マルチテナント型施設でも対応できないのが実情です。例えば、冷蔵と冷凍の商材では冷却装置やエレベータなどの配置から、商品仕分けスペース、ドックシェルターの設置場所など細かな仕様決定が必要になります。基本的に、自社倉庫やオーダーメイドであるBTS(Build To Suit)で新しい冷凍・冷蔵倉庫を建築する場合は、何を保管するのかを重視して設計をします。それは前述のとおり、保管する物によって、必要な設備や方法が多様で専門性が高く、マルチに対応ができないからです。そうした時に、マルチテナント型施設のフレキシビリティは活かせません。また、マルチテナントとなると、冷却装置の騒音も考えなくてはなりません。音を気にするテナントとの共存が難しいだけでなく、近隣に住宅地がある場合などは騒音への理解をいただくことも必要となります。さらに、冷凍・冷蔵保管特有の問題として挙げられるのが「臭い」です。鮮魚や肉類、ネギなどの一部の生鮮食品などには“臭いうつり”などの問題から、冷凍・冷蔵保管できる商材が限定されてしまいます。臭いは商品価値を落としてしまいかねないので、施設のフレキシブルな利用とは相反することとなります。また施設サイドとしても、一度臭いがついてしまうとマルチテナントとして利用できないケースも出てくるでしょう。 こうした課題に加えて、冷却にかかわるコストも避けては通れません。冷却=コストと考えると、温度管理を徹底しなければならないコールドチェーンの秘訣は、可能な限り商品を動かす距離を短くすることだとされています。そうすると、物流拠点は必然的に生産地の近くか消費地からなるべく近いエリアに限られてきます。また、企業をまたがった共同配送も一般的なサプライチェーンよりはるかに多く、むしろ前提として存在しており、そのため各社の冷凍・冷蔵倉庫は、どうしても近隣に集積することとなります。こうしたエリアの限定性もあり、いくら郊外に新たな物流適地が生まれようとも、高機能かつ人材確保にメリットのあるマルチテナント型物流施設が誕生しようとも、その融合はハードルが高いと言わざるを得ないのです。 ひとつ、大きな期待が寄せられるのが、冷却コストを抑えた技術革新の登場です。先に述べたように、アジア各国をはじめ海外では今後も日本の新鮮で高品質な生鮮食材や冷凍食品へのニーズが高まっていきますから、いつまでも高コスト体質、装置産業、と言ってはいられないかもしれません。大掛かりで高価な設備を必要とせずとも適切な保管温度が担保できる技術が生み出されれば、そこから、マルチテナント型物流施設を活用したコールドチェーンの構築が、大きく進展するのは間違いありません。 4.立地・グレードに長けたマルチテナント型物流施設 メディカル分野で重要な役割を担うのでは 商品の単価が安く、流通ボリュームが多く、さらに厳密な温度管理が求められる食品などをマルチテナント型物流施設で取り扱うのには課題が多いのですが、メディカルの分野では、コールドチェーンをマルチテナント型物流施設へと導入するメリットがあるのではないかと考えています。今後、日本において高齢化が進む中で、低温管理の必要な医薬品、医療機器、治験薬などの分野におけるコールドチェーンのニーズは確実に高まります。例えば外資系医薬・医療機器メーカーが、今後需要の高まる日本で拠点を置く際に、自社所有しないマルチテナント型物流施設の拡張性・フレキシビリティは大きなメリットになるはずです。しかも医薬品や医療関連の機器は倉庫を汚さず臭いもないため、同施設に向いている商材です。マルチテナント型物流施設のエリア的な広がりや、すばやく持ち出してすばやく輸配送できるメリットも有効になるでしょう。また、東日本大震災の教訓からBCP対応の強みとして、例えば災害時の緊急時に必要な医薬品・医療機器を迅速に手配するために、災害拠点の位置づけとして同施設が重要な役割を担う可能性も秘めています。 メディカルの分野では、工場で作られた医薬品の品質が損なわれることなく患者さんに届くための流通過程の委託先管理や、セキュリティ管理や、温度管理が、まだまだ適正とは言えないのが現状です。私自身、メディカルの物流現場で実際に医薬品・医療機器を管理してきたのですが、一定の温度での保管が必要なものがとにかく多いものの、輸送途中の一時保管の保冷設備が整っていないため、適正な温度管理になっていないと感じてきました。欧米では、G D P (G o o d D is t r i b u t i o n Practice:医薬品の適正流通基準)ガイドラインという、卸業者から小売店や医療機関までの保管・輸送段階での徹底した品質管理が行われています。現在、日本版GDPのガイドラインの導入が図られる中で、ますます、メディカルの分野でのコールドチェーンが注目されていくでしょう。 今後、GDP対応が必要となる製薬メーカーの工場や、再生医療の研究を担うラボ、医薬品卸、小売りなどは、全体最適を考えて連携しマルチテナント型物流施設を多目的活用するメリットは大きいのではないかと思われます。最後に、工場やラボから、卸売り、小売店、医療機関や病院までの流通過程の適正管理を実現するには、マルチテナント型物流施設の立地条件や機能性、施設グレードも大いに活用できるのではないでしょうか。 |
『BZ空間 2018年夏季号』掲載 シービーアールイー |
2018年7月
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